クスグルログ
    あかちゃんがわらう。お母さんもわらう。 言葉じゃないコミュニケーション。 大人になってもきっとある。そこから平和を始めよう
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6月30日、タネヲマク
20060630152136

大阪の街ん中に畑をつくりたい。
まずは、ベランダに小さなプランターから。
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【2006/06/30 15:21】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
アレルギーと民営化?! 気になるブログ紹介
アレルギーと環境の関係、アレルギーと民営化や市場社会との関係をわかりやすく書いたブログがありました。 →jump
このブログは視点の面白さでブログを始めた当初に出会って興味を持ったんだけどタイトルを忘れてて最近また偶然再会したので、紹介しておきます。

その他、ムックさんのブログを通じて知った「小松菜日和 晴天なり」というアトピーを克服した方のブログも環境や健康に配慮した生活が興味深いですよ。                  

                      チョコホリ

【2006/06/25 05:37】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1)
GO!
20060621150628

 家でキャンドルナイトした。
ほんの30分足らずやったけど、家族3人でするのは初めてで
新鮮。
 
 その日の夫の言葉。
”戦争は絶対にあかんことやと思う。けど、自分ひとりが声だしても
無理な気がしてる”
、て声あげたんか。失望するだけの行動したんか。
と、ツッコミたかったが、それはともかく。
あたしはあきらめない、今ならまだ日本をよくすることができる。
とだけ言った。

 明日は子宮を掃除するために一泊の入院。
初めての人工的睡眠を考えると不安。なんとなく身辺整理というか、
掃除を念入りにしたりして。
いやいや、あたしには仕事がまだ残ってる。
娘(とそしてまた次こそ絶対産むぞのこども)にきっちりバトンタッチ
せなあかん。
日本を戦争をしない国にする、(そういう意味で)誇りを持てる国にする。それを次の世代につなげてゆくことが、自分の使命やと
思ってる。マジで。
だから、しっかりと覚醒して、きれいになった子宮抱えて
次にGO!せなあかんねん。
【2006/06/21 15:06】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1)
ササヤカナカクメイ
20060617210316

こどものサークルメンバーとピザ大会。
我が家にて。
友達に、皿洗いようせっけんを”これ何?”と質問された。
”うちはせっけんやねん。魚しんでいったりすんのいややし”
って言ったら、ひとりでやっても意味ないんちゃう、てかえされた。
世の中ではそんな風に考えられているのかな、て思った。

自分だけが頑張ってもしゃあない、みんながやるなら自分もやろうかなあ、って感じか。
”魚救えたん?”"ミミズ一匹くらいは救えたかもなあ”
”ふうん・・・”って会話は終わった。
それだけやけど、あたしにしたらカミングアウト心境やった。
アノヒトハチョットカワッテル、が一般社会では生きにくいのは
わかってるし。かといって行き易い場所なんてあるんやろか。
自分で作っていくしかないやん。
あたしはすこしずつカミングアウト(プチ)、していくつもり。
すこしずつさらけ出していくつもり。

サークルでやってるブログで、流産つらかったと、心情吐露。
コメントでちょっぴり本音が返ってきた。
自分の居場所がすこしひろがった気がした。
もっと気軽にブッチャケノアタシ思考がだせる場所をつくれるといい。
人と同じ、が価値あることではなく、みんなそれぞれ違うそれでもつきあってゆける時には反発し共感するそれぞれがまじわってゆける、場所。そんなところがいっぱいできたら、世の中すこし変わるかもね。
【2006/06/17 21:03】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
うまい「9条」の広めかた
お玉おばさんでもわかる政治のお話」で、なるほど~と思う他人への話し方がのってたよ・・・ →「若いおかあさんに9条の話をするときのポイント その2」
【2006/06/08 22:17】 | 未分類 | トラックバック(1) | コメント(0)
ほんとうの「強さ」
「強さ」っていうもののとらえ方で人間は大きく二種類に分けられるような気がする。

強引かもしれないけど仮に分けてみると、
多数派はきっと、強さとは「勝つこと。」であり、
「誰にもナメられないこと。」や、そういった態度や精神性だと答えるのではないかと思う。
もちろん勝負の世界ではそれは真実で、文字どおり〈勝・負〉〈勝・敗〉と二極化された構図の中でひたすら〈負〉を乗り越えて〈勝〉を目指すもの、という志向性がある。
その中には一つの矢印しかなくて、答えが明白で多くの人と共に単純に信じられるものがある。

しかしもう一方の人は(きっと少数派だろうけど)こう言うだろう。
強さとは「自分の一番弱い部分を受けとめられること。」

私は後者を「本当の強さ」だと信じる側だ。

そこには単純に図式化できる構図がない。

前者の「強さ」は他人との比較の中に感じられたり、競争によって答えが出るもので、社会の中で相対的に実感できるものだけど
後者の「強さ」はもっとストイックに自分の中だけで向き合って全てを受け止めていかなければならないものだと思う。
誰かが評価してくれるわけでもない。

どこかに答えや基準があるわけでもないから、
「自分はいよいよ強くなったぞ・・・」なんていう英雄的陶酔感に浸れるわけでもない。

ただただ自分の弱さも間違いも有りのままに受け止めながら、それでも卑屈になったり自尊心を損なったりせず、また野心や虚栄心に捕らわれず足を地に付けて生きようとする行為だと思う。


当然私も含めなかなかそういう行為に耐えられる人はいない。
自分の弱さに向き合うなんて、一番苦しいことだ。
だからこそ、それができる人は一番強いと思う。


その(後者の)ほんとうの「強さ」の追求を捨てて、
わかりやすくて答えの出やすい前者の「強さ」を
代替的に追求しようとするのは、もはや人間の「弱さ」だと言ってもいいと、
私は思うんだ。

スポーツなどの勝負の世界だって突き詰めると、
競争に「勝つ強さ」だけで本当の強さを測れない。
「弱さ」を知ってこそどんな局面にも決して折れない強さを
得ていくものだと思う。


しかし人間は自分の力や価値をより客観的な基準で確かめたいために、
「勝つ強さ」を脅迫的に求めるのかもしれない。


競争社会での他人との比較の中での「強さ」、
国際的競争の場での国の「強さ」、軍事的な「強さ」
そういうものを「私達の強さ」「私の強さ」に結び付けて確認
したくなるんだろう。


「私」や「私達」の強さとはそんなところにはない。



「軍隊のない国=弱い国」ではない。


人の人格で想像してみても・・・

暴力や武器で強い気になって他人を威嚇するのではなく、
交渉力で周りとの関係を安全に築ける人は
暴力で他者から恐れられてる人より絶対強いと思わない?


どんな凶暴な相手にケンカを売られても、武器で応じては
結局レベルが一緒だと私は思うんだけど・・・。

もともと力を振りかざして感じの悪い態度でいること自体が
相手の気をそそのかして、ケンカを売られる確率を高めてるようなもの。
交渉力以前に基本的なコミュニケーション力の問題だ。


それよりどんな人からもケンカを売られない超然とした態度と、
ユーモアと、余裕があって、相手を脅す武器や力をあえて持たなくても
自信がある人って一番尊敬されると思う。



それから、
他国への加害の事実を素直に受け入れることは「自虐」や「弱さ」ではない。


喧嘩両成敗というように、喧嘩したらどちらも怒られるのが
子どもの時からの社会の道理だった。
「でもそっちが先に・・・。」なんて往生際が悪い口答えをすると、さらに
「自分の非を棚にあげて人の非ばかり訴えるな!」と余計に怒られた。

他人の非難もつべこべ言わずに受け入れて、自分の非について真摯に
「ごめんなさい。」と謝る態度は大人の証だと教えられた。
あの道徳はどこへいったの??


自分の非を静かに内省できるという態度には
成熟した理性と、強い感情の耐性が求められるうえ、
客観的に自分を省みる高度な社会性がいる。


「本当の強さ」とは、そうやって教えられてたはずのものだと思うんだけどな・・・。



残念ながら多くの人間は前者の(「勝つ」)強さを本当の強さだと信じたいために、
大きな軍事力を持つことに反対しなかったり、あるいはそういう意見に引きずられやすいのだろうと思う。


「アジアの国にナメられるな!」
「軍事力の強い国に肩をならべよう!」
「自虐史観を捨てよ!」
 って・・・・。


その土台はただ何かに怯えるだけの弱い心だと思う。


                           チョコホリ

テーマ:国家防衛 - ジャンル:政治・経済

【2006/06/08 20:29】 | チョコホリ的「へいわ」考 | トラックバック(0) | コメント(6)
「暴力をちらつかせる国家」(コメントより引用)
「今日は憲法記念日!」の記事に投稿いただいた る さんのコメントに面白い報告があったのでそのまま引用させていただきます。

『5月13日に芦屋「九条の会」主催の9条対決討論会に行きました。憲法9条を活かそうと言う元衆議院議員とジャーナリスト、そして憲法9条を変えようと言う京大法学部教授と弁護士の4人がパネラーでした。複雑なテーマですが、今回私は一つのはっきりした構図を見ることができました。
改憲派教授の「国際社会で交渉時、丸腰ではダメ!話し合いには切り札を持って臨むものだ。軍事力を切り札にして、いざとなったら武力行使もあるぞ!と脅しながら交渉すべきだ」という意見から見えてきたこと。それは、「話し合いは暴力をちらつかせ脅しながらするものだ」という考えです。
会場に来ていた改憲支持の黒服の一団がその事を態度で現していました。彼らは、護憲派発言に対しきたない野次を飛ばし、休憩時間は肩をいからしタバコを吸い、暴力的な雰囲気をちらつかせていました。改憲派の発言には、総会屋のように手の痛くなるような拍手をしています。会場前では拡声器で集会の反対意見を言い、ビラを撒き、じゃまをしていました。大学教授は、彼らに静かにするように言わなかった、また、集会後彼らがあいさつに来ると自然に受けとめていたと見ていた人から聞きました。
改憲派は、「軍事力はできるだけ使わない。しかし持っていることが国際関係上重要なのです」というようなことを言っていた。しかし、想像力を働かせれば、世界の国々が「いざとなったらオレはこわいぞぉ」と言いながら国際会議に出ていたら、結局「やれるならやってみろ」となり、戦争が起こるのは明白です。現在進行中の、欧米・中東を中心とした世界の復讐戦を見ても明らかです。
憲法9条を活かそうという人々を「理想ばかり言って現実を見ていない」という批判する人がいます。それは違います。武力に頼ればどうなるか想像できるのだと思います。9条を変えようとする人々は、戦争がどれほど悲惨な状況をうむかを想像しないのです(できない)。徴兵制賛成という極論まで、パネラーの弁護士の口から出ました。
しかし「あなたの息子が戦場に行く事に賛成ですか」と聞かれて、ハイとは答えず、「戦場に行くか行かないかは、その人の運です。・・・・」などと答えていました
今、この国の憲法と教育基本法を変えようとしている人々は、短絡的に自分達の利益を考え、国際社会をレースやゲームのように考えている人たちのように思います。この土地や、共に住む人々を愛していない。そして、自分の子どもは、エリートとしての特権で戦場には行かないはずだと考えているようです。』 
【2006/06/05 21:33】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
オシゴト
20060604224526

 おなかだっこ、で寝るのは(こどもがあたしのお腹の上に
腹ばいになって眠る)、互いに安定剤やった。
今はそれができない。ゆかの特等席は、腹の中の小さな生命に
とられてしまった。
もちろん目の前のちびちゃんは大泣きだ。あまりの大泣きに閉口した。

まだまだ新米ハハは決心した。
すべて受け止めようと。以前のように動けない今は、
この子の思いを受け止めるためにある、ということにした。
だから、掃除も買い物も後回し。できなかったらそのまま。

もうひとつ決めたこと。
なるべく背中を見せない。
料理も、こども用の包丁を渡して一緒にやる。
アイロンもかける。ミシンも。(慎重にね)

あたしたちは、いとも簡単に消化されるごはんを手間かけてつくったり、毎日うんざりする繰り返しの中で生きているのだ、てことを
体で覚えてもらうことにした。

目にふれる表面の先に存在するものを想像できる力を養いたい。
次の世代へのバトンタッチをきっちりやることが、
今のあたしの仕事。
【2006/06/04 22:45】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(6)
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