クスグルログ
    あかちゃんがわらう。お母さんもわらう。 言葉じゃないコミュニケーション。 大人になってもきっとある。そこから平和を始めよう
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戦争する私たち
世界で一番悲しいことってなんだろう。

大事な人が死ぬこと。

子供の頃から、これ以上に悲しいことって想像したことがない。

誰かから大事な家族を奪ったり、人と人を永遠に引き裂いたり、
何世代にもわたって憎悪を膨らませて傷つけあうこと。

残虐な拷問や、暴力に抵抗できないこと。

性的な暴行をうけること。
子供が殺されること。

周りと異質なことだけが原因で差別やいじめをうけ、
そんな行為に抵抗もできないこと。


”平和”と言われる世の中でも、こういう理不尽なことは
たくさんあって、人間社会でそのような行為が無くなることは
ないのだろうけど、

こと戦時下ではこういう悲しい行為は”たくさん”見逃され、
集団で行われ、国家(民族)をあげて擁護されることになる。

国の軍事化というのは結局そういうことにつながる。


みんな大事な家族や人がいたり、
自分の表現や自由な人生の権利を侵されたくないはずなのに、
どうして、誰かのその自由を「悲劇」に突き出すような戦争を
正当化したり、戦争できるのが普通の国だと信じる人が
いるんだろう・・・

「大事な人や国を守るため」
「民族の誇りを守るため」
と、それこそそれぞれ”守りたい”ものがあるから
戦争をするんだ・・・と言うのだろうけど、

「相手にだって同じくらい守りたい大事なものがあるんだ。」
という洞察にはどうしてたどりつかないんだろう・・・

それを侵せば、自分の大切なものも共に反撃の危険にさらす
ことになる・・・という当たり前の想像が
どうして働かないんだろう・・・。


働かないんではなく、
働かさないのかな・・・。

どうもそういう気がする。


人間は論理や想像力を働かせるよりも、
感情や、処理できない情念や、原始的な征服欲なんか
に突き動かされやすい存在なのかな・・・。

そういう、人間の内面にある
他者への攻撃性にも転じるような性質に対して
私たちはあまりにも野放しに、無警戒に
いるような気がしてならない。

戦争するのは、
”戦争する人たち”じゃなくて、
私たちそのものだということを
知らなくてはならないと思う。

本当の”反戦”はそこからしか
伝わらないと思う。


                           チョコホリ 
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【2006/03/06 02:03】 | チョコホリ的「へいわ」考 | トラックバック(0) | コメント(3)
<<「ごめんね」という良心 | ホーム | 誰のための少子化対策?>>
コメント

戦争いやや、て感情は絶対的なものやと思えるのに、
そうではない人も大勢いるという事実に、
むなしさを覚えるわ。
何をしても無駄なような気がしてしまう。
それでも、何かせずにはいられない。
心の底から、平和でありたい、という気持ちが、
むなしさからの脱却をうながしてくれる。

ほんまのとこ、まわりの人たちはどう考えてるんかなあ。
平和のこととか憲法のこととか。聞いてみたいけど、なかなか聞けない。
”あの人ってそういうひとなんや”、と言われるのが怖い。
みんなといっしょはやめよう、ていいながらも
このていたらく。

 人とあしなみそろえる。
社会には秩序が必要やからね。
 他人を受け入れる。
これは共生。
 この矛盾していることを バランスよく自分の選択に取り入れる。
けっこう難しい。

最近、脳年齢なんて言葉をよく耳にするけど、
脳のストレッチが要るよね。
想像力を鍛えるための。

第一歩として、
例えば、無意識を有意識に変えてみるとか。
駅から家まで道を 意識して変えてみること、とか。
左手でごはん食べてみるとか。
普段使わない視点を感じてみたらどうやろ。

憲法改正反対!から遠いとこに来たかな。

【2006/03/08 00:04】 URL | たあ #-[ 編集]
緊張脳をクスグルログ
私も、声を大にして戦争いやや!て言いたいけど、
こんな小さなブログに書き込むだけでも
やっぱりドキドキするな。

>”あの人ってそういうひとなんや”
>、て言われるんが怖い。
>みんなといっしょはやめよう、
>ていいながらもこのていたらく。

>人と足並みそろえる
>社会には秩序が必要やからね。

そう・・・
この”秩序”をまじめに律儀に守るというのは
集団の中では良いこと、”善”であって、
決して悪いことじゃない。
むしろ、みんなに褒められるようなこと。

けど、例えばその集団が(例えばクラスが)
ある人をいじめていたら、
自分も同調してその子に冷たく当たるということ。
これも、集団に足並み揃えた結果。

「あのこムカツクよな」「あのこおかしいよな・・・。」
って強い者が言ったら、「ほんまやわ・・・」って。

集団にとって正しいことが、
必ずしも自分にとって正しいことじゃないのにな・・・。

でも、
「私はそんなときでも絶対集団にそむいていじめに抵抗する!」
って言えないねん。
だって自分がその集団からどんな目に会うかわからんもん。

自分を守りたいから集団のいう通りにする。
それが人間やと思う。
集団の強制力は怖い。

その集団が、一つの大きな意見を持ってる状態が怖い。
日本がそういう風潮になるのが怖い。

戦争になったら、全くまじめに善良に生きてる人たちも
何をするかわからん。
私もわからん。
だって、思想統制で
逮捕されたり、リンチされたら嫌やもん(~_~;)

今でも、靖国参拝反対って言ったら
この時代に「非国民」って言われて・・・、
そんな一言だけでもハラハラする。

海外に比べても、
日本にはすごい緊張状態があると感じる。

脳のストレッチ賛成!
クスグルログは、そんな”緊張脳”をクスグルものでありたいな。




【2006/03/08 01:30】 URL | チョコホリ #-[ 編集]

結婚前に、職場で”あの人は結婚してない”と、
”結婚しているわたしたち”、の線引きされたことがある。
あたしが結婚を意識したのは34,5歳と、バツグンに遅かってんけど、
ほとんどあせらなかったし、自分は絶対大丈夫だと、(何にたいしてだ)
けっこうお目出度い奴やった。

線引きされたときに、急に自分が恥ずかしい存在に思えて、
その場から消えたくなった。
が、その直後、猛然と怒りがわきおこった。
その人たちに、というより、差別の構図がみえたような気がしたから。

自分たちは安全な場所にいて、そこから自分たちとは違う人を
区別する。自分も区別される側にまわらないように、
大多数の側に居ろうとする。

ケッ、と思った。
何があっても妥協するもんか、区別する側にはまわるもんか、
て奥歯をかみしめたわ。

けどね、もう少しゆとり余裕も欲しいなあ。
それがどした、の気持ちがほしいわ。


【2006/03/09 12:01】 URL | たあ #-[ 編集]
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